小説2話 推敲

9(11月末(24~30日ごろのイメージ)) 

ハルと杏子は『仕事』の後、杏子がみたいという予備校の方へ様子を見に来る。マシュだ。 

マシュは、予備校の同級生たちとわいわい仲良さそうだった。 

杏子はそれを安心した目で眺めていた。 

 

18時を回った時間に杏子と地上を出歩くのは珍しかった。 

ハルは、 

「あ、あのさ、杏子、ついでだからちょっと見てきたいところがあるんだ」 

ハルはよっていってもいいか?ときいた。 

杏子は珍しいと感じた。 

 

ハルは許可をとりつけ、あるマンションに向かった。まだ杏子の飛行はおぼつかないため、彼女も一緒にいる。 

 

ハルは許可をとりつけ、あるマンションに向かった。まだ杏子の飛行はおぼつかないため、彼女も一緒にいる。 

こぎれいな一人暮らし向けマンションの一室だった。オートロックなど。 

中も、整った家具とモデルルームのような端正なインテリアに囲まれて、大きなオーディオ、テレビ、そういったものと、ロックバンド風の実写ポスターやステッカーがセンス良く飾られている、のある清潔感のある部屋だった。あと一歩で生活感すら消失してしまう印象だったが、インテリアの観葉植物のためか、手描きのイラストが描きたされたポスターやカレンダーなどがあり不思議と、人が住んでいることがわかる印象の調和のとれた暖かな部屋だった。ロハスな印象でもあった。 

 

そこはリビングだったらしい。ハルらはそこを素通りして隣の個室の様子をのぞく。 

部屋の印象はリビングと同じような印象を受けるが、アニメ漫画風のマスコットがちょこちょこ配置され、リビングにかざってあった音楽やロックバンド風の実写ポスターのかわりに、貼ってあるのは一枚をのぞいてアニメキャラのポスターが貼ってあった。楽器がいくつかあることも含め、リビングとは違って少しだけ雑然とした印象だった。つくりかけのぬいぐるみもあった。そして、住人がいた。座って何らかの作業をしているようだった。 

 

斜め後ろの杏子からは顔ははっきり見えなかったが、杏子は女性のようだと思った。しかし、日本人女性にしては少し肩幅が大きすぎるような気はした。 

 

彼女―と便宜的に示しておこう―は線の多いノートを開いてタブレット上の電子ノートになにか五線譜を書き写している。 

 

(後にどこかでわかるが、これはハルの書いた曲の切れ端を失くさないようにまとめている作業。備考:クラシック出身の彼の人は、いきなりDTMのピアノロールでmidi再現をしたり、最初からコード譜でメモを取るのはあまり得意ではなかった。) 

 

ハルは、こんな自分の私情に連れてきてしまった杏子に断る。 

「ごめんな、ちょうどこの辺寄ったから、今日ならいるかもって」 

「その人、誰?」 

「ん、バンド仲間」 

 

杏子は、一枚だけ貼ってある実写のバンドのポスターを見た。ハルが言う通り、ハルらしき人物が四人のメンバーの中央でギターを持って映っていた。ここ数週間、ハル君と出会って初めて聞いた彼の過去の情報だった。 

バンド仲間、と言われていた「彼」は、端にいる「一回り大きなギター」の人だろうか。杏子は気になって少し位置を変えた。横顔が見えた。女性だと思った。杏子は再度ポスターを眺める。ポスターの「大きなギター」の人は顔の部分がちょうど陰になっていて顔ははっきりしなかったが、雰囲気も体型も男性だと思った。 

 

「売れちゃって忙しいんだよなあ」ハルはポスターの脇に飾ってあった別のCDアルバムとそのフライヤー(幾分小さめのポスター)を眺めていった。そのCDアルバムのメンバーは、大きなポスターと同じメンバーにみえたが、一人だけ、中央の男性だけが別人だった。つまり、ハルらしき人がいなくなって、かわりに、似ても似つかない別の男性がギターをもって立っていた。そして、そのポスターの端に、上手い漫画絵で、ハルが描き足されていた。 

 

杏子は、内心、その人とハル君はどういう関係なの?と、思った。 

「ハル君って、バンドやってたんだぁ」 

杏子は少し驚いたかのように言った。じっさい少し驚いてはいた。いたけれど、言われてみれば違和感がない。 

「うん、いいとこ行ってたんだよなあ。おかげで今でも未練たらたらで、いま、こんなことになってる」 

ハルはいささか自嘲気味に笑って言った。 

 

住人が、タブレット上で書いては消してを繰り返した。「ハルー、もう、字、汚すぎ。読めないよー」と、小さく独り言をつぶやいた。否定的な言葉遣いとは裏腹に、幾分か楽しそうだった。声は全然違うけど、この感じ、聞いたことあると杏子は思った。中学の時の彼氏と高校が別になってもまだわかれていない友達のA子もこんな感じだったな、と。 

 

彼の人は作業が切りのいいところまで来たらしい。手描きの楽譜をビニールに仕舞い、タブレットをテーブルに置くと、ドアを開けて別室へ出ていった。 

 

その様子を見届けてから、 

「ああ、うん、相変わらず(大丈夫そう)で安心した」 

ハルは呟いた。 

そして、杏子に対して、 

「今日はごめんな、さあ、帰ろうか」 

と声をかけた。杏子は聞く。 

「もういいの?他の人は?」 

「ん、他のやつは、まあいい。テレビで見れるし」 

ハルは窓の外を向いていった。 

杏子は、この人にとってこの人はどういう関係なんだろう、とまた思わずにはいられなかった。 

 

杏子は、この人にとってこの人はどういう関係なんだろう、とまた思わずにはいられなかった。 

 

そんな杏子の気持ちをよそにハルはそそくさと外に飛んでいってしまった。 

そんな姿を杏子も追いかけて――そして二人は夜の空を飛んでいく。 

 

「上」に大分近づき、空が大分異世界の明るさに満ちたころ、杏子はさっき気になったことをハルに訊く。 

 

「ハル、くんって、さ。今みたいになってから、何年たってる?」 

杏子が聞いた。 

「ん?2年半」 

なんでそんなこと興味持ったの?という感じの反応だった。 

「……長いね」 

「え、そうかな?」 

ハルは心底以外そうだった。 

「曜子さんとか、あれで28年経ってるってよ。バブルで扇子振るのがよっぽど楽しかったんだって」 

杏子は言葉を失った。だって、曜子さんって見た目が20代ぐらいじゃない、と。 

「もしかして、あたしたち、老けないの?」 

「ああ、うん」 

ハルの声色は優しく丁寧だったが、この話題には心底興味がなさそうだった。 

「……」 

杏子は二の句がつげない。 

ハルはそんな杏子の様子を、心底不思議そうに感じたらしく、言った。 

「老けないし、変化もないし、死にもしない。いつまでも若々しいままって、特に若い女の子にとってはいいことだと思うけど?」 

杏子は、この瞬間、ハル君が自分とは全く違う異質なものであると気づき、心が冷えわたったように感じた。 

自分は思い違いをしていたのだ、と思った。 

私は、変化もし、成長もする、第二の生をただ、別の世界線で授かっただけなのだと思っていた。 

それは違ったのだと思った。 

私は、とっくに、人ではないのだ、と。 

 

ハル君は、それを「いいこと」だという。 

決定的に、自分と、違う。 

こんなに、似ているのに、近しいのに、唯一の友人であり先輩になれる存在なのに。 

彼とはある一線を越えてわかり合えることはない、と杏子は強く思った。 

 

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