小説2話 推敲

 

2(11月第一週) 

 

(前項の自己紹介の部分は飛ばす。この説で自己紹介) 

 

「ちゃん付け、呼び捨て、どっちがいい?」 

私の名前を「巻町杏子」と機械的に読み上げてから、青年が聞いた。いきなり、なんとなれなれしい人だろうとちょっと面食らったが、「どっちでもいいです」と、少しふてくされたように杏子は答えた。 

 

「というわけで、仕事はこんな感じだ」 

それから、杏子はハルという青年にそのまま連れられて、コテージのある建物に来た。なんでも会議はここで刷る層で、もう一人の先輩がくるのをここで待つのだという。 

その間、杏子は 

ホワイトボードにかかれたなじみのない図式は、現世やここの関係や、人間に対する杏子たち使者の立ち位置ををあらわしている。 

「つまり、死んだ人をここに連れてきて、あのひとに渡す、っていうのが仕事?」 

「そういうこと」ハルと名乗る青年はこともなげに言う。 

「それって……」 

杏子は、天使、と言いかけて言葉を飲み込んだ。私が、天使なはずがない。さっきまで、こともなげに地上を歩いていたただの女子高生、が。 

「あの、ハルさん」 

「くんでいいよ」 

「えっ、あの、ハルくんさん、さっきから気になってたんですけど……」 

「ああ、いきなり君付けは難しいよね。続けて」青年は苦笑した。 

「はい、あの、「死んでない」っていったじゃないですか。生きてる、んですか?」 

「どういうこと?」 

「まるで新しい生き物に生まれ変わったみたいないい方っていうか、魂には出会えるけど、生きている人たちと会って話すこととかは……」 

「ああ、……そう、鋭いね」 

「え、じゃあ、やっぱり」 

「完全な否定では、ないよ」ハルは言った。「西洋や中東の宗教画や逸話とかでは天使に出会ったとか啓示をうけたとかそういう逸話は一杯あるだろ。だからそういう邂逅もあったとはおもうんだ」 

「でも、俺はその方法をしらない」 

「……」この人は、当り前のように宗教画に描かれたそれを自分の先輩であるかのように言った。杏子はそのことにも驚いた。 

「でも俺は、生きてると思ってる」 

最後の言葉はとても主観的な物言いに思えた。 

ぎりっ、と砂をかむような音がしたように思えた。勿論それも杏子の方の主観だけれど。 

 

その数十分後、であろうか。曜子さんの到着を待って、ハルは、少女に自分たちの仕事についてざっと説明をした。場所は、ハルらの強塾として割り当てられた母屋の中庭にハル自らが設置したアウトドアテーブルの上である。 

 

「使者」の時間間隔は早い。というか、生者のそれと同じであったが、どうやらこのハルという青年はわるいひとではなさそうだということはわかった。 

 

 

 

青年は、じゃあこれで、と話をまとめて、 

「一通り説明し終わったけど、何か聞きたいこととかあるかな?」 

と聞いた。 

「あの、二人だけ、…なんですか?」 

杏子が恐る恐る聞く。さっきからうっすら気になっていたことだ。 

「ああ、うん、ここの支部では人間は二人…かな」 

「……淋しいですね」ここの支部の、ということは、他の支部にはもっといるんだろうか。 

「ああ、うん、それについては、杏子が少しこの世界に慣れた頃にちゃんと話すよ」 

ハルが言った。杏子の質問の真意を尊重するように、丁寧な口調だった。 

 

 

 

ちなみに住むところなんだけど、 

部屋、選んでいいよ。今使ってる人ほとんどいないから。 

 

 

(普通の年季の入ったホテルみたいだなあ…) 

でも、曜子さんの近くはやめておいたほうがいいかもしれない。怖いかもしれないから。 

「怖い…?」 

と恐る恐る杏子が聞き返すと、タイミングよく曜子さんが出てきた。 

「怖くなんかないわよ」といった。 

ハルは「ほらな」というように舌を出して笑った。 

「というより貴方、女の子の寝室事情に口を出すのはデリカシーがないわ。お風呂だって紹介するつもりだったんでしょう。 

「お風呂もあるんですか」杏子が口をはさんだ。すごい、まるで、本当のホテルみたいだ。 

「ええ」曜子さんは興味なさげに返答をした後、「そういうことだから、ここからは私が説明するわ。いいわね?」杏子はうなずいた。 

「はぁ……」ハルが目をぱちくりさせる。本当に驚いているのか、わざと大げさにリアクションをとっておちょくっているの、かいまいち判別がつかない。 

「曜子さんにも、若い子を面倒見たいとか、人間らしいところってまだ残っていたんですね」 

ハル君が神妙そうに言った。杏子は「まだ残って」という言い方が一瞬気になったが、とりわけ沿う意味のない軽口だろうとあまり気にせず受け流した。 

「そうね……」曜子さんはハル君にも、杏子にも視線を合わせず、さして興味がないかのように言った。「人間は好きよ」 

 

「今ちょうど702(207)号室が片付いているところだから、ひとまず今晩はそこでいい?」 

「は、はい…」 

どうやら安心してもよさそうな人だ、と杏子はおとなしくついていった。 

 

 

ハル君はどこに 

 

 

夜、杏子を部屋にやったあと、 

曜子さんとハルの会話 

 

「いつまで続くかしらね?」 

「どういうことです。(ハル)」 

「こういう「人が執念」の人は、使者の仕事が「続かない」のよ」 

 

 

3(11月第一週、2日目) 

翌日の朝、である。 

ハルが言いにくそうに「おはよう、調子はどう」といいながら、杏子の方へ様子を見に来た。 

「眠れた?」 

「ええ、わりと」杏子はちょっとまどろんだまま言った。このハルってひと、とても話しやすい人だ。「【肉体はもう死んだ。もう君は別の存在だ】……って昨日『あのひと』に直接聞かされたのに、なんだかいつもと変わらなくて不思議な気分です……」 

「そのことなんだけどさ」ハルがおそるおそる様子を窺うように訊いた。 

「現世、観たい?」 

「えっ」 

 

「今ならお通夜とかなら、間に合うと思うけど……」青年はそう言いながら自分で困惑している様子だった。 

(中略) 

「時間の流れは基本的に同じだからさ、「いま」の人たちを見れるのは、基本的に「いま」しかないんだ。 

裏技を使えば多少数日は前後させることはできるし、数日後落ち着いてからでも『観ること』はできるけど……。」 

 

「それって、「いま」なら、まだ、みんなに会えたりするんでしょうか」 

「会えたり……?」 

「会って、話が出来たり、とか……」 

「それは……」青年の顔がより困惑した。 

「うん、昨日話したように、基本的には俺らは生きている人には干渉できない……できるのかもしれないけれど、まだ、俺はその方法を知らされてなくて」 

「じゃあ、いいです」みんなの悲しむ顔は、まだ、みたくないな。と杏子は思う。 

「ごめんな」 

率直な感想として謝ることじゃないのに、と杏子は思った。金髪に染め上げた見た目とは裏腹に、とても誠実な人なんだろうと感じた。 

「「いま」じゃなくても、みんなの姿を観ることはできるんですよね」 

「ああ。生きてる限りずっといつでも観ることはできるよ。 

今日に関しては、映像のテープを再生したような「観る」になるけど……」 

「今日のことは……みんなきっと悲しい顔をしてばかりだと思うし。……後日、テープを見るように、知れたら十分です」 

青年は少し驚いたようだった。 

「杏子ちゃんって、強いんだね」青年は 

「ごめんね、そうだよね……朝っぱらから変なこと言ってごめんな」 

そして、ふっきれたように伸びをして、「さあ、朝ごはんにしようか」と一言いい、杏子を手招きして階下のダイニング兼コテージへ連れて行った。 

 

 

その晩は、ハルは仕事で忙しいと言って、だいぶ夜がふけるまで、帰ってこなかった。 

杏子は来て早々一人にされた。 

 

夜更けにハルはやってきて、杏子に多少の指示を出し、もう遅いから部屋で休むようにといい、そして杏子が自室に戻って扉を締める音を確認するや、羽音をさせてどこかへ飛び立っていった。 

(このとき、ハルは杏子のための映像をデバイスに記録しに行っている) 

 

 

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