小説2話 推敲

 

13(12月の第二週 12/12~13日ごろのイメージ) 

 

ハルは今日の仕事が「思いのほかヘビー」なのだそうで、初めて、杏子は一人で行動した。 

 

とはいっても、移動すらおぼつかない杏子は、実質本当に一人でいるのは難しかったので、ときどき曜子さんに見守ってもらっていた。 

 

その日、杏子が曜子さんに挨拶をすると、 

曜子さんは、開口一番、挨拶のかわりに「気をつけなさいって言ったでしょ」という言葉を言った。 

黒曜化のことだろう。 

靴下は、ニーハイを履いているから見えないはずだけれども、羽根の色はごまかしようがなかった。杏子の羽根は誰から見てもわかるぐらいグレーに変色していた。 

杏子はてへへと笑ってはぐらかした。自我を喪うと散々脅されたものの、実際自分の身に起きてみた感じからすると、案外、平気かもという気がしていた。 

 

もともと、杏子は、曜子さんは少しとっつきにくい人だろうけれど、悪い人ではない。そのうち打ち解けることが出来そう、と思っていた。 

 

普段の会話のやり取りは大半が他愛のない内容だったが、 

先日の夜のやり取りのこともあったし、「案外踏み込んでも大丈夫そうな人かも」と杏子は思い、曜子さんに今まで気になっていたことを訊いた。 

「あの、この前、ハル君に連れられて、ある女の人?の部屋を見にいったんですけど」 

杏子は曜子さんに聞いた。 

 

「ああ、本人に聞いてみたら?」 

「大事なひと、だったんですよね?」 

「そうね」 

「ハル君は、そんな人なのに、眺めるだけで満足したかのように、去ったんです」 

「それで?」 

「ハル君は、それでいいんでしょうか」 

「彼がいいならいいんじゃないの?」 

曜子さんはつっけんどんだった。 

「だってその、ここにいたって向こうからは見えないわけだし、二度と会えないわけだし……。それに……」 

杏子は溜めた。 

「忘れられ……ちゃう……わけだし」 

杏子が気にしたのはハル自身ではなかったのかもしれない。げんに、ハルは忘れられてなんていなかったのだから。つまり彼女が言いたかったのは、ハルではなく自分を取り巻く境遇のことで、それをハルの境遇に重ね合わせて他人事のように言ったに過ぎない、ということ。 

「会いたいんだったらこんなところ留まってないでさっさと輪廻転生したほうが早いわよ」 

曜子さんはなぜか杏子の足元の方を見た。 

「あの……」 

「輪廻転生って、あるんですか?」 

「さあ。私は知らないけど、あると思えばあるんじゃないの」 

曜子さんは心底そんなことには興味がないようだった。 

以前、夜下宿の前で話したときの曜子さんとは違った。 

 

冷たい、と杏子は思った。 

 

曜子さんが杏子の足元を見たのを思い出した。もしかしたら、彼女の中で私は既に、「あちら側」と認識されて距離をとられているのかもしれない。 

確かに、思い返せば、あの時、「黒曜化しきって苦しみの中に閉じ込められて自我を喪うように振る舞う機械のようになってしまうのならば、河の向こう側に渡った方がマシかも」というような内容を初めに言いだしたのは、ほかでもない自分だ。そうかも。 

 

だからって。 

 

苦手な人があまりいなかった杏子に、初めて他人への苦手意識が生じ始めた瞬間だった。 

 

杏子は目の前の曜子さんを見た。やはり、彼女の目線は、厳しいながらにも優しさを湛え、一種の親身さをもって忠告をしてくれた、以前の曜子さんとは、ちょっと違う。 

 

ここにいる限り、このままである限り、曜子さんと鉢合わせし続けなければいけないんだ……、と杏子は思った。 

 

その夜、部屋で一人でいると、不思議と、黒曜化が少し進行したようだった。 

なぜだかはわからないけれど。 

もしかしたら、曜子さんの、あの態度、かもしれないな…と思った。 

 

 

 

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