小説2話 推敲

 

11(12月10日ごろ) 

マシュの行動が少し変わる。予備校仲間の明美とコーヒーショップで (12月第一週) 

 

ハルは、杏子がちゃんと飛べるようになったことを安心したのか、杏子が単独行動をとることを次第に許可するようになった。 

(予備校へのルートは杏子は覚えてきたので、ハルは杏子にたいして一人で行動する範囲を広げることを許可し、規定のルートなら一人で行かせるようになった。) 

 

その日、ハルにサポートしてもらった仕事が終わり、そのあと杏子は一人で見にいきたいところがあるとハルに言う。 

ハルは、のちの合流場所を約束させて、杏子を一人で行かせることにした。 

 

杏子はマシュの通う予備校へ来た。まだ日が落ちるには時間が早く、そらはまだオレンジ色に明るい。 

その日、マシュは、まだ早い夕方の時間帯に、ポニーテールの女の子と予備校の建物を抜け出でて、近場の喫茶店に向かっていた。杏子は、まだ普段なら講義があるはずの時間帯だと思った。 

 

遠巻きに眺めていたが、マシュはどうやら真剣そうな面持ちで、今まで見たことの内容な表情をしていた。 

 

喫茶店から出てきたマシュは、杏子が見たことのない顔をしていた。 

 

――あの見知らぬ女の子は、私の知らないマシュを、引き出した。
杏子の心の中に黒いものが、ふわりと、しかし、重たく舞い落ちてきた。そしてそれは、黒いインキのように、じわじわと、ぼんやりと拡散していく。 

 

杏子の羽が、初めて、「黒曜化(水晶のように透明化)」した。 

羽根だけではない、羽根の付け根までほんの少し「黒曜化」していたのだ。 

 

ハルが来ても羽根の色は戻らなかった。 

 

(詳細: 

ある日、杏子が一人でマシュの予備校の様子を見にいくと、 

休講の時間にポニーテールの女の子と連れ立って外に行くのをみた。 

彼ら二人は近場のお洒落なスタバにいって、流行のシェイクを注文していた。 

雰囲気は明るく和やか…というよりは、神妙な面持ちで真剣そうだったが、 

杏子にはカップルのように見えた。 

 

喧騒で話の内容が全て聞き取れたわけではないが、 

マシュとポニーテールの女の子が、 

「関西受験するの」 

「へぇ」 

「マシュもこない?」 

「え、俺が?」 

少し後、 

「ああ、いいかもな…」 

というやり取りをしているのが途切れ途切れ聴こえた。 

 

――あの見知らぬ女の子は、私の知らないマシュを、引き出した。
杏子の心の中に黒いものが、ふわりと、しかし、重たく舞い落ちてきた。そしてそれは、黒いインキのように、じわじわと、ぼんやりと拡散していく。 

 

杏子の羽が、初めて、「黒曜化(水晶のように透明化)」した。 

羽根だけではない、羽根の付け根までほんの少し「黒曜化」していたのだ。 

 

その様子を眺めているうち、ばさりと羽音が。ハルが杏子の様子をみにきた。ハルは杏子の隣に座った。杏子はもちろん気付いているが、何も喋らなかった。 

ハルも、グレーになった杏子の羽の様子には気づいていただろうが、彼も、何も言わなかった。 

 

杏子が知っていたのは、実音で聴こえた、さきほどのやり取りだけだが、 

ハルは何らかの装置を使って増幅?しているのか、会話の全貌を聞くことが出来るらしく、 

どうやら詳細な内容も知っていたらしい。 

 

マシュと少女らがカフェからでて予備校のクラスへ帰ってから、ハルは改めて口を開き、 

杏子に、実のところこうだ、と説明しようとしたが、 

杏子は聞きもせずに、空の上へ飛んでいった。 

 

ハルは、なんともいえないような、神妙な面持ちで呆然と、上空へ帰る杏子を見送った。 

 

12 同日 峡谷にて 

世界のはざまにハルが戻ると、杏子はあの黒い溶岩のような岩で形成された温泉地帯にいるということを知り、温泉地帯にハルは向かった。 

 

杏子は羽を伸ばしていた。その羽根は、グレーである。 

靴下を脱いで、足湯に浸かろうとしていた。 

その足先は、灰色に、黒に、宝石のようなきらきらとしたパーツを光らせながら黒曜石のように変色していた。 

 

ハルが声をかける。 

「杏子……」 

杏子は答えない。まるで、ハルの存在などそこにいないと感じているかのようだ。 

「杏子、さっきの彼らはね…」ハルは言う。ハルが知っている「本当のこと」を。その場で耳にした本当の会話の内容を。伝えようとする。誤解を少しでも減らすために。 

「いい、そういうの」 

杏子が遮った。ハルはそれ以上の言葉は何も続けられなかった。 

 

杏子の足先の黒曜石のような色調が、くるぶしをこえ、ひざ裏の近くまで来た。 

そこでその変化は止まった。杏子は足湯から出、渓谷の黒い岩の上に立ち上がった。 

そして、杏子は飛び立った。空を高く高く。飛んでいくべきどこかをさがしているかのように。 

 

「まるで、杏子は、この黒い渓谷にあえてやってきて、黒く『なりにきた』かのようだな」と、ハルは思った。 

 

 

ハルは、手元の水晶玉のような『デバイス』で、世界で進行するあらゆることを知ろうと思えば知ることが出来る。ある日、ハルはマシュの部屋を覗いた。日記をかいているところ、そして日記に書かれた中身の断片を見た。そこによると、マシュはもう新たな一歩を『踏み出そう』としていた。いい決意だと思った。しかし、杏子には…なんて伝えたらいいのだろう、とハルは思った。 

ハルはいままで、マシュのやり取りを「聞いてきた」感じだと、マシュは杏子に未練たらたらなのだと考えていた。感じていた。おそらくそれには、ハルの「そうあってほしい」という主観と、「そうであったとしたらいろいろ杏子を慰めるのが楽だ」という、仕事上のやりやすさと、そういった願望の諸々が混じった結果だったんだと思う。ハルは人ならざる存在になったはずではあるものの、精神的にはどこまでもただ一人の人間であった。観念的精神体としてはその精神構造は未熟すぎた。つまり、わかりやすく言い換えれば、ハルは、ハル自身の延長としてしか他人の精神を捉えることができなかった。だから、大輝がハルを未練たらしく想い続けるのと同様に、マシュも杏子をまた未練たらしく日記に書き続けているのだと思っていた。 

 

そうではなかった。マシュは杏子の記憶を「同化」した。そして、前にすすまなければと思った。ポニーテールの明海のアドバイスは彼にとっていい指針になった。性別はきっと関係ない。ただ、杏子がどう捉えるかにおいて、性別は、よりやっかいな誤解を増幅する材料になるのだろう、とハルは思った。 

 

マシュにとって明海はいい友人だった。マシュが自分についてみつめなおすそのタイミングで、また明海も未来と進路について悩んでいた。そして、彼女なりの長年の考えの結果、少し踏み出そうとし、光を見出そうとしている最中であった。ちょうど、そのタイミングがマシュと同じだった。受験だ。 

だから彼ら彼女らは、自分の未来を探しに、今住んでいる環境と場所をかえ、とおくへ旅立ち、まれびとなってほかの世界で新しい空気を時代を体感しながら、緑を吸い、青春を謳歌するということを始めて行うのだ。 

明海は医者家系という鎖から、そして、マシュは、「いとしい幼馴染を自分の力で救わなければ…」という強烈な自己暗示から、のがれて、ときはなたれて。 

 

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