12月9日ごろ
その日の晩、ハルは杏子に言う。
「勘違いしてるようだけどそういう話じゃなかったからな?」
「わかってるよ」
杏子は突き放すように言う。ハルは、「わかってないだろ」と、冗談めいた声で言ってから、説教臭い年長者のような態度でたしなめる。
「むしろ逆で、あのマシュって子は、一途一途。君以外にまったく鞍替えする気配なかったぞ」
「鞍替え…って!」
ハル君無神経すぎ!それじゃまるで私たちが彼氏彼女だったみたいじゃない!と、杏子は心の中で叫んだ。それにつられて、思わず顔も少し火照ったような気がした。
それをみて、ハルは吹き出した。何が面白いんだろうと杏子は余計ぷんすかした。
「初々しくてほほえましいなあ」
と、ハルは少し距離を置いたような態度で、感心してから、「明日は早いからよく休めよ」といって、片手を上げて挨拶し、世界のはざまの下宿から出ていった。
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杏子がハルの肩をたたいた。こっちを見ている人がいる、と。
愁だった。
スーツ姿で紙袋を仰々しく持った愁が、ハルと杏子が座っている電柱のほうを見上げていた。
「ああ」といってハルは知り合いであるかのような反応をした。
「あの人、はっきりこっちを見てるよね?」
ハルがためしに手を振ると、はあ、と愁が馬鹿らしいものを見たかのようにため息をつき、
電柱の下を足早に過ぎ去った。
去っていく彼をみながら、杏子がいった。「あのひと、やっぱり、こっち見えてたよね」
「どうだかな」ハルは、はぐらかした。
「ハル君の、昔のお友達?」
「いや」ハルは目をそらしていった。「あいつは俺のことは知らないってことにしといたほうがいいんだよ」
「しってるんじゃん」
「さあ。どうだかな」
ハルが地平線の方を向く。そして、言った。
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